おかげさまで盛況の後に終了することができました。
熱気あふれる当日の様子を写真にてご報告させていただきます。
トップバッターの野中ともよ様。グローバルなビジネスの視点
主催者の日本ビジネスクリエイター普及協会 高城理事長との質問コーナー
野中様とすっかり意気投合、飲みに行きそうな勢いでした(笑)
二番手はさかもと未明様。女性らしい働き方を熱弁
最後に松田公太様。身振りも交え事業家として政治家としての熱いメッセージ
お忙しいなかボランティアスタッフと集合写真。ありがとうございました
困難を乗り越え、いつもワクワクしながら
好きを仕事にして働いている
時代の先を行く3人のトップランナー
NHKやテレビ東京の番組のキャスターを務め、ジャーナリストととしても活動し、 その後、アサヒビールなどをはじめとした企業の社外取締役を務め、 三洋電機の代表取締役会長を務めるなど、様々なキャリアを持つ野中ともよ氏が、 自身の経験をもとにして ・先の見えない今の日本の中で変えていく必要のある「はたらき方」 ・今後の時代の激しい流れの中でも、我々日本人が変えてはならない「はたらき方」 ・そして、一度きりの人生において好きなことをして生きるための「はたらき方」 といった今後を見据えながらも、自分の軸をもって変えるところと変えないところを見定め、 生き生きと今を働くためにはどうしたらいいか、講演します。
また、漫画家、作家、歌手、TVコメンテーターと幅広く活躍しているさかもと未明氏が、 ・現代医療では治ることのない難病である膠原病を抱えながらも、希望を持って生きる「はたらき方」 ・生きる気力を失い、どん底から復活できたさかもと氏が考える未来を見据えた「はたらき方」 ・難病と闘いながらも好きな歌を歌い、40才を過ぎてから」 CDデビューをするなどの活動ができている「はたらき方」 といような、苦しい状況下でも決して諦めることなく、生き生きと働く姿をもとに講演をします。
そして、タリーズコーヒージャパン創業者、参議院議員の松田公太氏が ・サラリーマン時代の「はたらき方」 ・サラリーマンを辞め、ゼロからタリーズコーヒージャパンを立ち上げ、3年で株式上場、 店舗数を300店以上にまで広げた起業家、事業家としての「はたらき方」 ・日本から海外に目を向け、海外での事業展開を行なった事業家としての「はたらき方」 ・参議院議員となり政治の道を歩み始めた政治家としての今の「はたらき方」 といった異なる分野で生き生きと働いてきている姿をもとに講演をします。
先が見えない日本において希望を持ってはたらくための、 そしてあなたの憧れの「はたらき方」を実現し、 楽しくやりがいのある仕事をするためヒントを 野中ともよ氏、さかもと未明氏、松田公太氏から受け取ってください。
気がつけば「失われた10年」が「失われた20年」と呼ばれるようになった日本。 今の日本は、
- 2010年3月に大学を卒業した若者の6人に1人が就職も進学もしていない
- 2007年、2008年、2009年と失業率は悪化の傾向をたどっている
- 2010年6月の日本の失業率は5.3%と前月より0.1ポイント悪化し4カ月連続の悪化
- かつて1位だった国際的競争力は27位まで低下し、アジアの中でも8位にまで低下
- 人口減とともに労働者人口が年々減少し、市場も縮小している
といったように決して良い状況とは言えません。
苦しい思いをしている国民も多いとは思いますが、
困難を乗り越え、時代の先を行く、日本のトップランナーたちもいます。
ニッポン働き方フォーラムでは、困難なときでも未来を見据えて時代の先を行く トップランナーを3人お招きして今後の日本人のはたらき方について 日本の未来のビジョンとともにお話をしていただきます。

数々の困難を乗り越えてきたトップランナーの考える
「日本人のはたらき方」
についてトップランナーの1人目としてお話していただくのは、 元三洋電機会長、NPO法人ガイアイニシアティブ理事の野中ともよ氏です。
困難を乗り越える1人目のトップランナー
1人目のトップランナーは、野中ともよ氏です。
野中氏は今でこそ、生き生きと好きなことを仕事にして働いていますが、
人生は自分の好きなように楽しく生きていいのだ
という考えがはじめからあったわけではありません。
祖父母や両親に「仕事」というのは「はたらく」ということ。
「はたらく」というのは「はた」を「ラクにして差し上げること」。
「お人の役に立つように生きなさい」と教えられて育った幼少期。
しかし、自分が人の役に立てることなど何もないと悩み続けた学生時代。
自分には人の役に立てることなどないと悩みのあった学生時代ではありましたが、
さまざまな出会いによって、好きなことをしながらも、
人の役に立てる生き方があるということに気づき
今の野中氏の活動があります。
野中氏は社会に出てから
・スポーツから国際政治、ビジネスまで幅広い分野での番組キャスター、
・大学の客員教授、また政府の審議会委員
・日興フィナンシャル・インテリジェンス、アサヒビールなどの
企業のアドバイザリーボードや社外取締役
・三洋電機では代表取締役会長
・NPO法人ガイア・イニシアティブ代表
・宇宙航空研究開発機構(JAXA)
・産業技術総合研究所の経営諮問委員
など非常に多岐にわたるキャリアと経験を持つことになり、
常に大きな変化にさらされ、変化に対して柔軟に対応し、
自分の好きなことを今もやり続けています。
変化が激しい今の世の中において、我々は変化に追いつかなければ
淘汰されてしまいますが、闇雲に全てを変化させればいいというわけではありません。
時代に合わせて変化しなくてはならないこと、
時代とは無関係に変化してはいけないことがあります。
その基準とは何でしょうか?
野中氏の多岐にわたるキャリア、経験をもとに、変化に対応しながらも、
流されずに自分軸をもって今後の日本で働いていくためには
どうしたらいいのか?
現代の日本人の働き方について考えながら、
将来を見据えた日本人の働き方についてお話をしていただきます。
野中氏が一人の出会いによって大きく人生を変えたように、
あなたも野中氏との出会いによって
「はたらき方」に変化が生じることでしょう。
困難を乗り越える2人目のトップランナー
2人目のトップランナーは、さかもと未明氏です。
さかもと氏は現在、TVのコメンテーター、漫画・書籍出版、CDの発売など 多岐にわたって活躍されていますが、
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小学生時代はいじめにあい、新しい筆箱を持って行けば、すぐに落書きだらけにされ、
運動の時間はドッジボールの時間は集中的にボールをぶつけられる、
あるときは、押さえつけられて腕に安全ピンをぬいつけられるなど、いじめの対象となる - 父親の暴力が母親を襲い、家を壊す日々。
子供時代は母親が殴られる音と食器や窓ガラスが割れる音を聞く度に恐怖し、
母親を心配しながら、いつ自分や妹、弟が襲われるか怖がっていた
毎日生き抜けるかどうか不安の中、過ごす - 20年にわたって、子供時代をふくめれば40年近くほとんど休むことなく、
恋愛も旅行も遊びも全て捨てて、ひたすら漫画に
心血を注いできて、いよいよこれからというときに
現代の医療では治すことのできない難病、「膠原病」に冒されていることを知る
- 「膠原病」に冒されていることが判明し、
さかもと氏の手指、10本はすべて腫れ上がり、
刺すような痛み、茶褐色の斑点があり、色はどす黒く変色するなど、
一体いつまで、ペンを持ち続けられるか?という状態が続いている
というように環境、病気など非常に厳しい状況をくぐりぬけてきている方です。 膠原病は現代の医療では治ることない難病ですので、 さかもと氏は闘病中であり、現在も厳しい状況ではあります。 しかし、さかもと氏は、やりたいことをやると決め、 今では、TVのコメンテーター、漫画・書籍出版、CDの発売など多岐にわたって活躍しています。 なぜ、絶望してしまうような状況下でありながらも、さかもと氏は希望を持ち、 やりたいことをやりながら過ごしていられるのでしょうか。 さかもと氏には
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現代医療では治ることのない難病である膠原病を抱えながら、
いつ手が動かなくなり、好きな漫画が描けなくなるか分からない状況下で
やりたい仕事をやるという道を進む「はたらき方」 -
両親に猛反対され、家を追い出されるようにして実家を出る、
鬱病、離婚と苦しい状況に陥っても漫画を描きたいという思いを持ち続け
作品を世に出すことができた「はたらき方」 -
生きる気力を失い、どん底から復活できたさかもと氏が考える
未来を見据えた「はたらき方」 -
難病と闘いながらも好きな歌を歌い、40才を過ぎてから
CDデビューをするなどの活動ができている「はたらき方」
といった、さかもと氏の今までの経験を通して 「日本人の働き方」 についてお話をしていただきます。 さかもと氏のお話を聞くことで、きっとあなたの「はたらき方」が変わり、 希望の持てない状況下にいたとしても、明るい将来を見出すことができるでしょう。
困難を乗り越える3人目のトップランナー
1995年アメリカでタリーズと出合い、1996年にタリーズと交渉の末、 日本での経営権を獲得、サラリーマンを辞めた松田氏は1997年8月7日、 タリーズの一号店を銀座にオープンさせます。 タリーズは今でこそ馴染みのあるカフェとして日本人に広く認知されていますが、
- タリーズの数十倍規模のスターバックスがタリーズオープンの1年前に日本に上陸
- 宣伝のためにとタリーズのカップを持って街を歩くも、松田氏の姿を見た人に
スターバックスコーヒーと勘違いされ、「スタバに行こう」と言われてしまう - マクドナルドがハンバーガーを65円に値下げし、130円のコーヒーが売られる
デフレの時代にタリーズのコーヒーは1杯300円 - タリーズコーヒージャパン創業時、7,000万円の借金を背負い、
3ヶ月連続で100万円以上赤字続き
といったように日本にタリーズの店舗を構えた当初は 非常に厳しい状況にさらされていました。
松田氏は、今と状況は違えど非常に大きな困難の中でも、 タリーズを日本に広め、3年で株式上場を果たし、 店舗数300店を超えるまでに成長させました。
創業当初から日本にタリーズを広めていく過程で 松田氏はどんな「はたらき方」をしていたのか。
タリーズコーヒージャパンを退任した後、世界第2位のサンドイッチチェーン クイズノス社のアジア環太平洋社長に就任し、 タリーズコーヒーインターナショナルをシンガポールに設立、 そして、(株)ヤマノビューティーメイトのアジア環太平洋拠点 Face+by Yamano Asia Pacificもシンガポールに設立し 山野幹夫氏と共同会長に就任するといった海外での事業展開時に 松田氏はどんな「はたらき方」をしていたのか。
2010年には参議院選挙に出馬し、支持母体のない状況から 多くのボランティアに支えられながら、見事当選を果たしました。 どのような「はたらき方」をして多くの方から支持を得たのか、 そして、未来を見据え、今どんな「はたらき方」をしているのか。
- サラリーマン時代の「はたらき方」
- サラリーマンを辞め、ゼロから事業を立ち上げた「はたらき方」
- 日本から海外に目を向け、国際的な事業展開をしてきた「はたらき方」
- ビジネスの世界から畑違いの政治の世界へと進むに至った「はたらき方」
といったキャリアを持つ松田氏に 「日本人のはたらき方」についてお話をしていただきます。
松田氏のお話を聞くことで、 きっとあなたの「はたらき方」が変わり、先の見えにくい今の時代に光が差すことでしょう。
ニッポン働き方フォーラムの収益金は、 「NPO法人TABLE FOR TWO」に全額寄付されます。
TABLE FOR TWOは、先進国で1食とるごとに 開発途上国に1食が贈られるという仕組みによって 開発途上国の子供たちに食事を提供しています。 寄付金は、TABLE FOR TWOの事務局運営に使われます。
TABLE FOR TWOの支援先はアフリカのウガンダ共和国、 ルワンダ共和国、マラウィ共和国の3国です。 TABLE FOR TWOでは支援地域を拡大できるように日々活動しています。
困難の中でも生き生きと働いてきた著名人のお話ですので、 チャリティイベントだからといって 中身のない内容になることはありません。
ご参加いただいた皆様に 講演者の持つ溢れるエネルギーを持ち帰っていただき、 生き生きと働いていけるように運営スタッフ一同、全力を尽くします。
様々な会社や団体などの経営、運営に関わる重要なポストに関わりながらも、 自身の好きなことをやりながら生き生きと働く 野中氏からは、変化の激しい今の時代において、自分を見失わずに 何を変えて、何を変えずに働いていけばいいのか、 そして、忙しく時間のない中でもやりたいことをやって、 やりがいを感じながら働くためのヒントが得られるはずです。
また、さかもと氏は子供の頃からつらい環境で過ごし、 現代医療では治ることのない難病を患いながらも、 やりたい仕事をしながら働いています。 さかもと氏の姿は、将来に不安を抱く多くの日本人に希望を与えてくれることでしょう。
子供時代を海外で過ごした松田公太氏。 1970年代、1980年代、海外から見た日本はとても輝いて見えたそうです。 しかし、2008年からシンガポールを拠点に置いたときに海外から見た日本は とても元気のない国に見えたそうです。 松田氏の目に映ったのは子供の頃に見ていた日本とは真逆の姿。
そんな松田氏が日本を何とかしたいという思いをもとに望んだ2010年の参院選では 「楽しく、元気に、JAPAN」というスローガンを掲げ、 若者を中心に得票し、見事当選を果たしました。 国民が生き生きと働く松田氏を必要としているということの現れだと思います。
かつてのように元気のある日本を取り戻し、明るい未来を実現させるには 国民一人一人の「はたらき方」が非常に重要になってきます。
皆が楽しく充実して働いている、そんな状況であれば、 日本はとても元気な国になっているはずだからです。
先が見えない今の日本で希望を持って働くための、 トップランナーたちからのメッセージを受け取ってください。
今、生き生きと情熱を持って「働いている」トップランナーのストーリーから ある人はトップランナーが克服した悩みに共感することでしょう、 ある人はトップランナーの頑張りに励まされることでしょう、 参加者1人1人が働くことへの希望を感じてもらえる場になればと思っております。
ニッポン働き方フォーラムによって きっとあなたの「はたらき方」は良い方向に変わっていくことでしょう。






